弔辞
- family
- 2020年4月26日
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尾辻 泉
最初、私にとっての原口牧師はよその大きな教会の偉い牧師でした。
その大きな教会の偉い牧師先生が、牧師を亡くし、途方に暮れていた直方教会に臨時牧師として来てくださるというのです。
そのころ直方教会にはバプテスマを受けたいと切に願っている三人のこどもたちがいました。
代々の牧師によって培われた彼らの信仰は原口牧師としっかり学び直すことにより、信仰告白することができ、クリスマスにバプテスマを受けることができました。
その中のひとり、けんちゃんは、まさに今日、鳥取の全寮制の高校の受験日です。
今試験のまっ最中。ということで、彼と彼のお母さんは今日の告別式には残念ながら出席できませんでしたが、先週の土曜日、しっかりと先生にお祈りしていただき送り出していただきました。原口牧師がこどもたちにバプテスマを授けてくださったのは嬉しかったのですが、パプテスマを授けてくださっていなくなっちゃうのかと思っていたら、何と直方教会の牧師に、なってくださるというのです。びっくりしました。そして、ほんとうに嬉しかったです。原口牧師は頭の中にいろんなアイデアがいっぱいつまっていました。新しいことをドンドン始められました。
伝道することが頭で考えることではなくて実行することだということを教えてくださいました。でも、それは、伝道とは、そもそもというようなしゃちほこばったことではなくて、ああすれば、みんなが教会にきてくれるんじゃない、こうすればと提案してくださったのです。地域の人に教会を知ってもらうために、特伝、コンサート、子どもまつりいろんなことをしました。
先生の今まで培われた豊富な人脈でいろんな方にお声をかけてくださり、どんどん実行してくださいました。こんな小さな教会に来ていただいて・・・なんていうことは先生の辞書にはありませんでした。そして原口牧師はちっちゃいことは気にしない、おおらかな人でした。
牧師を亡くして小さく縮こまっていた直方教会をしゃわしゃわとかき回してふわふわとしてゆったりとした空気をふきこんでくださったのです。
遊ぶことも大好きでした。毎年夏にはファミリーキャンプ、バーベキューをし、釣りを楽しみました。
わたしは原口牧師がある意味うらやましいです。原口牧師は一生牧師でした。ガンが転移されていることはわかってはいましたが、1月10日の礼拝まで、一度も休まれることなく、毎週きちんと礼拝を守り、み言葉を宣べ伝えてくださいました。
4日前の17日の礼拝は体調をくずされていて、さすがにすわってお話になりましたが、途中お話がとぎれることもなく、しっかりとメッセージを取り次いでくださいました。
「キリストの思い」と題し、「キリストの思い」とは、わかちあいの思いであり、わたしたちがもっているものを分かち合っていくときに、まさに、そこにイエスキリストはおられる。あなたの中にキリストはおられる。
ということを、強く語ってくださいました。
わたしたち、直方バプテストキリスト教会は原口牧師が語ってくださったみ言葉をしっかりと心にとめて、わかちあっていける教会になりたいと思います。
原口先生、直方教会の牧師になってくださってほんとうにありがとうございました。
二年半本当に楽しかったです。
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